3月3日
5月5日
7月7日
11月15日
言葉は時代に伴って進化する。ほかの言語と同様に今まで日本語もずっと変化し続けてきたが、現在は特に猛烈なスピードで変化しているようだ。 その原因のひとつとして考えられるのは、いわゆるITに関係すること、つまりパソコンや携帯電話などである。以前は専門家にしか分からなかったコンピューター用語も、今では一般の会話の中に当然のように出てくるようになった。(ア)、携帯電話やパソコンのメール、掲示板などの書き込み(跟帖)から次々と新しい言葉が生まれている。()や()のような顔文字も入り、そこでの会話はまるで宇宙人がしゃべっているように思えるくらいである。 これまで多くの言葉が生まれたり消えたりしていき、残る言葉の数は限られているので、このような事態も特に驚くことではないという学者もいる。しかし、これほど新しい言葉や表現が増えると大半が消えていったとしても、かなりの数の新しい言葉が残るのではないだろうか。50年後の日本語は今とはまったく別の言葉になっているのかもしれない。というのは言い過ぎだろうか。50年後の日本語の変化についての予測にあっているものはどれか()。A、大した変化はないだろう。B、天と地の違いほど大きく変化するだろう。C、宇宙人の言葉がかなり広く使われるだろう。D、古い言葉と新しい言葉が半々使われるだろう。
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日本ではペットといえば、犬や小鳥や金魚などが一般的だったが、最近は蛇や豚などこれまでペットと思われていなかったものも飼われるようになってきた。また、飼い方も変わってきている。 これまで人とペットの間は飼っている人と飼われているものというはっきりした上下関係があった。しかし、いまは家族の一員のように思っている人が多い。ペットをまるで自分の子どものようにかわいがる人が多いのだ。これは家族構成の変化などが影響しているためと思われる。記念写真を撮りにわざわざ写真館へ行ったり、洋服を着せたりする人もいるそうだ。また、日本の狭い住宅事情に合うことから、手軽に(轻松、随意)飼える小さなペットが好まれている。最近では、ペットを家の中で買う人が多くなってきている。(ア)ペットを飼ってもいいアパートやマンションはどこも人気がある。ペットを飼う人の数は着実に増えているのだ。 最近、日本人とペットの関係はどのようになっていくのかというアンケート調査が行われた。その結果、「家族同様に生活する世帯が増える」、「老後のパートナー(伴儿)としての重要性が増す」と答えた人が多く、少子・高齢化が進む中、ペットの地位は確実に高くなってきているようだ。文中の「老後のパートナー」の指すものはどれか()A、自分の子どもB、かわいがるペットC、高齢になった夫(妻)D、一緒に生活する家族
あの事件はわたし()忘れようとしても忘れることのできないものです。A、のはB、のにC、ではD、には
ホストファミリーのお父さんが家に帰ってくると、田中さんはいつも“Howwasyourday?”と質問する。お父さんは、今日“Great”と言った。「じゃ、今日はいい日だったんだ」と田中さんは思った。しかし、お金を盗まれてしまったりして、悪いことばかりだったと言うお父さんの話に、田中さんが不思議がって聞いたら、“Great”と言っても、言い方によっては良い意味にも悪い意味にもなるのだそうだ。 田中さんは、去年日本に行って同じような経験をしたアレンさんの話を思い出した。日本語が下手なのに、いつも「日本語がお上手ですね」と言われた。そう言われる度に、どうしてそういうのだろうかと考えたが、いつも「ありがとうございます」とアレンさんは答えた。後で日本語の先生にそのことを質問した。先生の話では、日本人は、外国人の日本語はなかなか上手になれないと思っているし、少しでも日本語を話す外国人に会うと「お上手ですね」というのだろう。一部分の日本人は外国人との会話に慣れていないから、初めに何を言ったらいいか分からず、そう言うのだろう、とのことだった。 田中さんは、英語でも日本語でも同じだなあと思った。もしこの文章にテーマをつけるとしたら、最も適当なものはどれか()。A、言葉とその意味B、言葉とその違う意味C、言葉とその本当の意味D、言葉とその具体的な意味
单选题④「わけ」と同じ意味で使われているものは次のどれか。A わけの分からないことを言う。B いつも学校に遅れるのはどういうわけだ。C その子の泣いたわけを聞く。D 暗いわけだ。蛍光灯が1本切れている。
单选题緑の中にいれば落ち着き、安心だ。なぜだろう。わたしたちは高等なサル(猿、猴子)だから。 サル類の生態的特徴は森の中で木の上に住んでいることである。前後左右を全部緑に囲まれ、その中で適応してきて、緑の中にいると安心だという感覚が、われわれの本性の中に、生まれながらあったのだと思う。 人間にとって、森は(ア)生産資源である。(イ)環境資源でもある。(ウ)文化的な資源でもある。残念ながら日本ではこれまで文化的な利用の面が西欧に比べてとても低調だった。 森の文化というと難しいようだが、川遊びと同じように、森遊びがあっていいと思うのである。特に子どもたちを森に誘いたい。本来子どもは、みな野生の力を持っている。それが強い教育管理の下で抑圧されている感じがする。草も木も虫も魚も命を持つものである。命あるものとの対話の楽しさを、子どもたちに知ってほしいのである。 われわれの内にある自然が外の自然と触れ合って、いろいろな余韻を奏でていく。それが森遊びの楽しさである。その中で子どもの野生の力が出てくるはずだと思う。文中に「緑の中にいれば落ち着き、安心だ」とあるが,その理由はどれか()。A われわれ人間は高等なサルだからB 森の中で、木の上に住んでいるからC 前後左右を全部緑に囲まれているからD 緑の中で適応してきたから
单选题日本人の生活習慣も時代とともに変わっていく。ほんの少し前までは,春や秋になると,畳を乾燥させるために家の中から畳を外に出す光景があちこちで見られたものであり,どんなに忙しい生活をしている人でもこれだけは続けてきた。畳は暮らしの中に季節感を作り出していたのである。 が,最近では畳がだんだん見られなくなってきている。畳の上に座る,畳の上で家族みんなで食卓を囲む,畳の上に布団を敷いて寝る。客が来れば,その畳の上に手をついてあいさつをする。それが当たり前だった生活はつい昨日のようなことである。畳は日常生活とともにあったのである。 畳という言葉は,古い時代の文字や記録にも出ている。昔から日本人の生活の中にあったものと考えてよいのであろうが,そのころは床に敷く布や毛布のようなものを「たたみ」と呼んでいたらしい。(ア),使わないときは畳んでしまっていた。つまり,「畳む」ものだから畳という言葉が生まれたのだろうと思われる。 また,昔の詩の中に,「旅に出た人の使っていた畳は動かしても汚してもならない」とある。なぜなら人は旅に出ているときでも故郷に自分の心を残しており,その心は畳の上にも残っている。その畳を留守の間に大事にしないと,旅で危険な目にあったり(遇险),病気になったりする,と信じられていたからだ。昔は畳は自分一人だけで使うものだったのである。 やがて時代は変わり,畳はだんだん現在のような形と大きさのものになっていく。1人の人が寝られるぐらいの大きさが畳の標準となり,それに合わせて部屋の大きさも決められるようになったのである。最近ではすっかり目立たなくなった畳も長い歴史を持ち,日本の生活文化と深いつながり(关系)を持っているのである。もしこの文章にテーマをつけるとしたら,最も適当なものはどれか()。A 畳と日本の旅B 畳と日本の気候C 畳と日本人の故郷D 畳と日本人の生活